保守とは、横丁の蕎麦屋を守ることである

如月もよろしくお願いします。

コロナ下で書かれた本を先日読了しました。著者は一昨年亡くなられた文芸評論家の福田和也氏です。事実上の遺作といっていいかもしれません。

氏が語る「保守」とは政治ではなく、文化。その観点から日常生活、日常茶飯事の大切さを説きます。そして、人々の何気ない日々の中に溶け込んでいる横丁の蕎麦屋こそ文化であり、それを守っていくことは「自らの日常」を保持することなのだ、と。

政治イデオロギーからみる保守は「謙虚」であり、「寛容」です。様々な考え方がありますがそれが基本です。スタート地点です。文化と政治両面からの保守を考察すればするほど、いま衆院選で「誇り高き国に!」とか「他の国々から仰ぎ見られる日本」とか叫んでいる自称・保守の方々に私はどうしても違和感を覚えてしまいます。そういうのは自分たちで言うものではないでしょう。“なんちゃって愛国者”の極みです。

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