東京で出会った大学教授のお話

 東京は前泊だったので、東京かまくら会の前夜は選挙でウグイスをして頂いている方の息子さんが勤めている東京駅構内の飲食店で食事。そこで隣合わせたのが、私が5月に政務調査で行った那須塩原にある大学病院に勤務(大学教授)している方で難聴が専門だという。

 きっかけは私がカウンター越しに息子さんと「いやあ、銀座は中国語が飛び交ってて、大変だねえ」と話しているのを聞きつけて「どこから来たの?」、「秋田です。横手っていうところです」、「秋田?そこは脳研の先生と知り合いだからちょくちょく行くよ」、「え?ウチの姉、脳研の看護師ですけど」。要するに“秋田”という共通項で会話が始まったというわけ。

 この先生の人脈は、元宮古市長でこんど福島知事選に出馬する予定の医師や、某外資系証券会社の日本責任者や、民主党政権になった途端に官僚を辞めて政策シンクタンクを設立した人とか・・・やたら豊富である。ついでに本人も難聴医療の専門家としてバラエティ番組だが、ちょくちょくメディアに呼ばれるとのこと。

 さて、いろいろと話をしたのだが、やはり中心は先生の専門である難聴のことで、●手話は世界共通の言語ともいえて、特に日本の手話は同じ海洋国家である韓国やインドネシアでも通用する。ただし、中国には通用しない。いま、手話言語法の制定を目指している●難聴者は障害者の中でも区別(←差別ではない)されていてパラリンピックに出られない。その代わりデフリンピックというのがある●秋田県は難聴医療の先進地であるetc

 中でも手話言語法の制定というのが、ピンときた。そういえば、3月定例会で陳情があがってきた記憶があったから。その時は文面を読んで「とくに反対する要素はないよな・・・」という認識で(←反省!)賛成し、議会も通ったのだが、その背景のひとつには東日本大震災の際に、手話を使えるボランティアが少ないために難聴の被災者が非常に苦労したことを先生が挙げられていた。そうだったのか・・・

 先日の地元紙社会面には難聴を抱えながら社会人チームで野球をしている選手の記事が載っていた。身近に難聴者はいると思うのだが、恥ずかしながら横手市にどのくらいいるのか私は把握していない。そういったものに取り組むきっかけを、気付きを先生は与えてくれたと思う。秋の東京の出会いに感謝!である。

P.S.明日の決算特別委・総括質疑は私を含め3名が行うことになりました。トップは私、そして土田祐輝委員、奥山豊和委員。祐輝さんは毎回やっている印象がある(^_^;)奥山くんはもちろん初挑戦。

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