桜が見ごろでした。
花見は寒さのために開始30分足らずで会館の中へ(笑)途中、交通安全協会東支部の安全祈願祭・総会出席のため抜けましたが、戻ってきてまた楽しく飲みました。
明日は横手かまくらFM「教えて!横手市議会」の収録です。奥州市議会の皆さんが収録の模様を見学するということなので、しっかりやりたいと思います。
桜が見ごろでした。
花見は寒さのために開始30分足らずで会館の中へ(笑)途中、交通安全協会東支部の安全祈願祭・総会出席のため抜けましたが、戻ってきてまた楽しく飲みました。
明日は横手かまくらFM「教えて!横手市議会」の収録です。奥州市議会の皆さんが収録の模様を見学するということなので、しっかりやりたいと思います。
今日は産業建設常任委員会協議会を開催した。案件は4つ。「平成30年産以降の需要に応じた米生産への対応」、「<道の駅さんない>の機能強化のための実施計画概要」、「増田地区街並み環境整備無電柱化事業」、「JR東日本キャンペーンに伴う車両運行及び市PR事業の検証」。その他案件でプレステージ・インターナショナルの雇用状況の報告もあった。
そのうち、道の駅さんないの機能強化については委員から相次いで質問というか、意見が続出した。説明は建設課が担当したが、売上を増やすための工事なので、そこには商工観光であれ、農林であれ、山内地域局であれ、そして運営する三セクであれ、様々な部署・組織が関与している。それぞれの立場からその必要性を根拠を持って説明いただかないと・・・というのが統一した意見だった。
しつこいようだが、オガールに代表されるようにこれからのハコモノのあり方はソフト先行である。今までのように、「こんな建物をつくりました。さあ、来てください!」という手法がもはや通用しないのは先日の増田庁舎のカフェ撤退で明らかである。そこを議員の大半はわかってきている。もちろん、当局の皆さんだって理解しているはずだ。だからこそ、きちんと準備をし、議案を出していただきたいと思う。
午後からは成瀬ダム工事の視察。

私は昨年10月に視察済みだったが他の委員は初めてか久しぶりの現場視察だったのではないだろうか。前任の上下水道部長、約束は守りましたよ(^^)/
桜川市は平成17年、西茨城郡岩瀬町・真壁郡真壁町・同大和村が合併して誕生した人口約4万3000人の街である。ここの真壁地域に登録文化財をはじめとする伝統的な建物が数多く残っており、平成22年に茨城県としては初となる重伝建保存地区に選定された。
研修の会場は「真壁伝承館」。本館の他、歴史資料館、図書館、ホールを兼ね備えた複合施設であり、もちろん外観は周辺のまちなみに調和したものとなっている。

研修項目は東日本大震災時の重伝建地区での対応と「桜川市歴史的風致維持向上計画」の二つだったが、ここでは歴史まちづくり法に基づく歴史的風致維持向上計画について記す。
合併以前より、旧真壁町ではまちなみ保存を目指す民間団体の設立、国指定史跡になった発掘整備事業、登録有形文化財制度の積極活用、「真壁のひなまつり」開催など歴史的資源を大いに活用していた。そして、合併後に景観計画の策定に着手、住民とワークショップを重ね、平成20年に歴史的風致維持向上計画を策定している。
ここで説明された担当者が強調したのは「人」が大事ということである。この計画を策定し、歴史まちづくり計画に認定されるためには価値の高い建造物やまちなみに加えて“三代、四代と続く伝統的に行われている市民の活動“がないとダメなんだそうだ。桜川市には祇園祭があって、世話人制度やお手伝いする女性の参加、子どもたち・若衆の引き回しといった活動が行われていた。
また、「真壁のひなまつり」はこの地域の歴史的風致を活かそう!という住民有志が始めたものであり、それによって伝統的な店舗・家屋・土蔵の一般公開が進み、地域文化交流が盛んになったという。行政と住民がお互い、いい意味で利用しあっているなというのが私の受けた印象である。
重伝建保存地区の基本というか、スタートは「保存」である。まちなみを守ることによって、ここに住んでいる人をいかに残すか。それが第一であり、観光としての土台は本来求めていない。しかしながら、「守る」ものを良いと思って来てくれる方々をおもてなししましょうよ。それが桜川市の姿勢であった。
「重伝建地区はお客様を選んでもいいと思います」。説明者の一言に衝撃を受けた。増田の重伝建地区のこれからを考える上でヒントとなる言葉であった。


一昨日から三日間、産業建設常任委員会の行政視察で茨城と東京に行ってきました。
新幹線で仙台、郡山を乗り継いで小山駅で下車。まだ栃木県です。そういえば、姉が小山市の近くにある自治医大付属病院で働いていたことがありました。

小山で昼食をとってレンタカーで県境を越え桜川市へ。重伝建保存地区の取り組みについて現地視察を含め研修。

宿泊は土浦市でした。
二日目はまたレンタカーでつくば市へ。「みずほの村市場」を視察。

つくばエキスプレスで東京へ。宿泊は両国。
最終日の今日はJR東京駅八重洲口にドンと構えるヤンマー㈱東京支社を訪問。

帰りは強風のため約1時間遅れて横手に着きました。詳細は後ほど。
明日は山形県庄内町議会の皆さんが視察に来るので佐藤議長に代わって歓迎の挨拶をします。
週末。昨日は湯高同級生が企画した「聴こう!聞いてみよう!図書館のこと!」でわいわいぷらざへ。講師はライブラリーコーディネーターという肩書の内野安彦氏。全国の図書館関係者から注目を浴びている塩尻市立図書館を立ち上げた方で、常磐大をはじめ複数の大学で図書館学を教えています。まさに“図書館の伝道師”と呼びたくなるような方でした。
議会図書室の充実についての質問をしましたが、内野氏のお答えを自分なりに解釈すると、まずは各地域にある図書館と議会との連携を考えていくのが先のような気がしました。そうすることで、議会図書室に対する議員の関心も高まってくると思います。
今朝は8時集合で国道13号線一斉クリーンアップ活動。私は横手ライオンズクラブで参加しました。七日市公園の奥で大量の空き缶・空き瓶を発見し、袋がパンパンになりました。困った人たちがいるもんですな。

午後から旭川町内会の総会にお招きいただいているので出席します。
さて、一昨日、地元紙県南面にデカデカと掲載された「カフェ 半年で撤退」の記事。増田まんが美術館をリニューアルすることに伴い、そこにあった増田図書館を増田庁舎に移転する際に行われた「リノベーション」という名の改修工事。その中でにぎわい創出の目玉として期待されていたカフェがわずか半年余りであえなく閉店。
オガールプロジェクトとの歴然たる差に(;´д`)トホホです。また業者の公募をするそうですが止めたほうがいいと思います。同じことの繰り返しになりそうで怖いです。オガールを視察してきたばかりなので、尚更そう思います。
この結果、私たち議会にも責任があります。異論も含め様々な議論・審議をした中で最終的に認めた予算(事業)だからです。改めて思ったのは、今後は当局から出された議案に対しては今以上に慎重に、もうちょっとはっきりいえば国からの補助金だと言われようが疑ってかかる必要があるということ。そして、疑うだけでなく必要であればそれに代わる方法を提案することです。でないと、市民のためになりません。
この件に関しては「増田庁舎リノベーション事業」にこだわってきた奥山豊和議員がブログでその想いを吐露しているので、詳しくはそちらをご覧下さい。
実は当然ですがこの撤退の話は議会にも報告がありました。3月31日付けでサイボウズに「増田庁舎1階カフェ事業者の撤退について(報告)」というまちづくり推進部長から佐藤議長あての文書が上がりました。それによれば、「本日、3月31日の期間満了をもって退去する旨の申し出がありました」ということでした。それを読んで「おいおい、今日で退去するのを今日言うかよ」と一人で突っ込んでいたのですが・・・
そして一昨日の記事。「業者は賃貸契約が切れる3月に入り撤退の方針を市に伝え、同月20日に閉店した」。「撤退の方針」と「退去する旨の申し出」。意味合いはおそらく違うんでしょう。やめます、という意思を市に伝えて閉店し、最終日に正式に退去を申し出たのだと思います。
でもね、そういう経緯も含め丁寧に説明してほしかったです。文書での報告なんだから尚更です。そして、業者が撤退の方針を伝えたのは3月の何日だったのでしょう?もし、3月定例会の委員会・分科会審査の前か最中だったとしたらその事を審査中に議会に伝えなければならなかったのではないでしょうか。「質問がなかったから言わなかった」で済むかもしれません。けれども、釈然としません。
審査の後だったとしても「業者が意思を伝えた」時点で少なくとも議長・副議長、そして総務文教常任委員長にはきちんと場を設けて伝えるべきです。伝えたのかどうか、後で聖悟さんに聞いてみます。
そして、今朝の地元紙県南面、またもデカデカと載りました。今度は「地元利用者、反発強く」。横手市の公共温泉民間譲渡に関する説明会の記事です。「やっぱりね」というのが率直な感想。私は以前、非公開の会議の場で「説明会はかなりの混乱が予想される。全市的な話だから、ごみ処理統合施設の時の比ではないと思う」と懸念を伝えていました。
方針が決定する前に地域に出向いて一回でも説明すべきだったと思います。こうなった以上は、市民の皆さんが納得するまで何回も足を運ぶべきです。そして、市当局の想いを伝えるべきです。覚悟を示すべきです。
先週から議会報告「清新」を配付しています。
3月定例会で可決した29年度一般会計当初予算の内容が中心です。
今日も風が強いです。昨日よりもすごいです。よろけそうになりながら配付活動をしました。私の体もまだまだ軽いなと思いました。
皆さん、気をつけてお過ごしください。
風の強い一日でした。
今日はまず、事務仕事を少ししてから大仙市へ。佐藤議長の代理で「秋田さきがけ県南政経懇話会」の4月例会に出席。講師は“地方分権の旗手”とも“改革派知事”とも呼ばれた北川正恭・元三重県知事。演題は「地方に求められる抜本的な構造改革」。

社会には安定期と激動期がある。今は極端にいうと人類始まって以来の大激動期である、と規定された上で戦後から今までの歩みをまず振り返られた。
吉田茂内閣、岸信介内閣はまさに戦後の激動期。彼らは「国民がご飯をお腹いっぱい食べるためにどうしたらいいか」を考え、軽軍備・重経済路線を敷き、他国からの脅威に備えて日米安保の道を選択した。彼らの時代は価値前提の国家経営、要するに、過去と断絶し、国の在り方を根本的に見直した。
そして、池田勇人内閣になってからは安定期。事実前提の国家経営、今あるものを認め、その上で改革を行っていった。それが所得倍増計画による高度成長につながった。
しかし、高度成長は四日市や川崎に代表される公害問題を生み、その後は神奈川県の長洲一二知事が「地方の時代」を掲げ、国に先駆けて情報公開条例を制定し、中曽根康弘内閣でのプラザ合意によって製造業が工場を海外に移し始め、産業の空洞化が起こった。この頃から国が借金に頼りだした。それが今もなお続いている。
そして、「これから」である。健康保険や年金といった社会保障制度はその考え方そのものを変えていかざるを得ないだろう。今まで人類は機械を使いこなしてきたが、これからは機械が人類を超える。宗教観・倫理観すら変わる。そんな時代が来る。もう過去と決別しなければならない。
地方もそうである。「地方創生」もアベノミクスが怪しくなってきたら出してきた。ややもすれば補助金行政と変わらない。国に行って陳情するだけでいいのか?港区民と秋田県民の所得格差は5倍以上である。「これでいいの!?」と本気で考えないといけない。秋田も過去と決別しなければならない。
というような内容でした。考えさせられました。初めて選挙に出馬した時に個人演説会で「まもなく地方主権、自分のことは自分で決める時代がやってくる」と言った記憶があります。民主党が政権を獲ってまもなくでしたのでそんな期待感がありました。あれから8年、ちっとも変わっていません。自民党が政権を奪回したから、と言うつもりはありませんが、中央集権はまだまだ続くよ、どこまでも・・・といった感じです。
北川氏は「あなたたちはいつまで中央に頼っているの?指をくわえて補助金が来るのを待っているの?それでいいの?」と訴えているように私には聴こえました。住民の幸せのために、地方自治体は自ら考え、行動し、自立しなければいけません。地方自治体も経営感覚を今以上に身につけなければならない。改めてそう思いました。
横手に戻って、議会報告「清新」の配付。近隣町内会をテクテク歩きました。そして夜は地元・水上上丁町内会の総会。役員改選の年度で新役員が決まりました。もちろん、私もできる限りの協力は惜しみません。
明日もがんばります。
P.S.真央ちゃん、お疲れさま。ありがとう。
全国から視察が殺到している紫波町の「オガールプロジェクト」。端的にいえば公民連携(PPP)を活かした「補助金に頼らないまちづくり」のモデルである。補助金を「入れない」ではなく、「頼らない」なので誤解なきように。
このプロジェクトの発端は住民の設置運動の末に開業したJR紫波中央駅の乗降客確保や定住人口増加を狙って平成10年に町が策定した「日詰西地区土地利用基本計画」である。しかしながら、その時代をめぐる様々な状況により行政主導の計画は一時凍結。
そこで当時の藤原孝町長が考えたのが公民連携。東洋大と協定を結び、町職員を派遣、PPP手法を学ばせた。平成19年に「公民連携元年」を宣言、2年後には「公民連携基本計画」を策定した。まだ「公民連携?何じゃそりゃ?」という時代になかなかのものである。
まちづくりの主軸を担ったのは平成21年に設立された「オガール紫波」という株式会社。町が100%出資したのだが、翌年には39%まで下がっている。ここもミソ。このオガール紫波が平成22年に設立された「オガールプラザ㈱」に出資し、そのオガールプラザに町だけでなく、金融機関や(一財)民間都市開発金融機構も融資、出資して本格的な開発が始まった。
プロジェクトはいまや、「オガールプラザ」、「オガールベース」、「オガールセンター」の3施設を中心とする10.7haの土地に県フットボールセンター、図書館、直売所(紫波マルシェ)、レストラン、カフェ、アウトドアショップ、文房具店、学習塾、歯科、眼科、子育て支援センター、バレーボール専用アリーナ、ビジネスホテル、保育園、町役場等が立地し、人々が集う場に発展した。
さて、このプロジェクトになぜ民間資金を入れることができたのかというポイントがある。それはテナント誘致の際の手法を従来とは違った形にしたのである。従来方式は理想的な施設設計をし、「これならテナントが入るだろう」という思い込みで建設工事が進む。結果、思ったほどテナントが集まらずいきなりリスクを背負いこむ。全国各地でみられる失敗例である。
オガールプロジェクトは違った。最初にテナント誘致の調査から始め、ある程度の感触を得たうえで施設のボリュームを決定し設計・工事を行った。いわゆる「逆算方式」である。結果、オープン時に100%入居を実現した。これが「リスクの少ない安定事業」として金融機関や民都機構の評価を得たのである。
忘れてならないのが住民との合意形成。再開発の地域から国道4号線をはさんで反対側には日詰商店街がある。町民すべてが賛成だったわけではない。だからこの計画を進めるうえで町は約2年半かけて町内の9地区を4回づつ廻って理解を得る努力をしたのだそうだ。ここにも前日の盛岡市と同じように「住民と向き合う」姿勢が感じられる。当たり前のことなんだけど。
最後に説明者がこう言った。「本格着手から10年。整備は終わった。今年度からは管理・運営に入る。これからが本番です」。オガールプロジェクトの終わりなき挑戦。これからも注目していきたい。
盛岡市では公共施設の適正化の取り組みを「アセットマネジメント」と称している。横手市では「ファシリティマネジメント」としているが、まあ、どちらも同じ意味でしょうね。盛岡市ではその「公共施設アセットマネジメント」と「盛岡バスセンター跡地の活用」について研修した。
まず、アセットマネジメントである。取り組みの肝を一言で言えば、“市民と一緒に考える”ということに尽きる。この取り組みは平成21年度に策定した「自治体経営の指針及び実施計画」から始まっている。自治体経営、こういう概念を大事にしている地域は強い。そこから平成27年度に「公共施設保有最適化・長寿命化中期計画」とその実施計画を策定するまで、市民討議会・市民フォーラム・市民意見交換会・市民説明会と、この計画を理解してもらうために幾度となく盛岡市民と向き合う機会をつくっている。
盛岡市の計画は施設の種別ごとではなく、地区ごとに「施設カルテ」を作成して、そこに記された細かいデータを示して進めているのが特徴なので、各地区で開催する意見交換会や説明会はその点で有効な議論をすることができる。また、討議会は行政だけでなく盛岡青年会議所(JC)と共催するなど第三者の視点も活用するという工夫も行っている。
興味深かったのが人材活用。盛岡市は岩手県立大と協定を結んでいるが、平成22~23年度にそこにあるシンクタンク「盛岡市まちづくり研究所」に派遣され、調査研究をした市職員が資産管理活用事務局(現・資産経営課)でずっとこの計画推進にあたっている。この部署に配属された職員は“財政に強い”人材であり、簡単に他部署に異動になることはないという。効果的な人事という点で大いに参考になる話だ。
「盛岡バスセンター跡地の活用」。昭和35年に建てられたバスセンター(ターミナル)は盛岡市のシンボルのひとつだった。しかし、昨年、老朽化の理由で運営会社が撤退・廃止を決めたため、盛岡市が「バスターミナル機能の維持」優先ということで今年に入り土地を取得している。今後は公民連携方式(PPP)を基本に跡地活用策を考えていく予定である。
バスセンターはレトロ感たっぷりの建物であるがゆえに建物そのものの保存運動が起こったほど市民の愛着は深かった。だからこそ、運営会社が撤退を決めてから、市が土地を取得するまでの間、市民から出される様々な要望に市は向き合ってきたそうだ。ここにも自分たち(行政)の机上で考えるだけでなく、“市民と一緒に”考えていこうという姿勢が表れている。
今後は具体的に再整備事業を検討していくことになるが、あくまで「バスターミナル機能の維持」を第一として考えていくそうである。身の丈の整備を目指すといったところか。“自治体を経営する”という感覚が出ていて素晴らしい。
アセットマネジメントの説明で印象に残ったのが「いかに市の方針を説明し切れるか」という市職員の言葉。そこに“市民と向き合ってきた”自信と行政マンとしての“矜持”をみたのであった。